
身支度を整えて、決まった時間に家を出ること。
予約した時間に遅れないように、カウンセリングや電話に向き合うこと。
パニック障害や心身の不調でしんどい時期、そんな「当たり前のこと」ですら、私にとってはものすごく大きな気合いとエネルギーが必要でした。
特に、一日の終わり、ぐったりしながら「早く家に帰りたい」と願っていた帰り道のことです。
焦るあまり、タイミングよく来た電車に飛び乗ったら、実は全く違う方面の電車で、気づけばどんどん家から遠ざかり、とんでもなく遠くまで行ってしまったことがありました。
頭が真っ白になって、焦りと絶望感でいっぱいになり、やっとの思いで家にたどり着いた頃には、もう心も体も完全にボロボロでした。
「ちゃんとしなきゃ」と思えば思うほど空回りして、時間を合わせることも、電車に乗ることも、すべてがプレッシャーで仕方がなかったあの頃。どうしたらよくなるのか、毎日考え続けていた自分。
元気になって外出できたらなあと、思いをはせていました。
今、当時のことを振り返って思うことは、主役は、いつだって自分自身なのだと思う。
誰かが代わりに人生の舵を取ってくれるわけじゃない。だからこそ、自分の足でまたゆっくり歩き出すその時が来るまで、まずは無理に急がず、その歩幅のままでいい。
人間関係のすれ違いや、パニック障害という思いがけない波の中で、すっかり自信を失ってしまった日々もあった。
それでも、がんばりすぎる心をふっと軽くして、一つずつ荷物を手放しながら、もう一度「自分を取り戻し、自分自身の幸せのかたちに出会う」――そんな余白をどうしたら掴めるのか、ずっと探していた。
そして今、それを自分の手で得ることができたから。
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